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極東製薬工業(株)公式ブログです。
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細胞培養 特別講義

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【特別講義 第9回】なぜT細胞だけが胸腺で分化するのか

今回は、第2回, 第8回を担当いただいた順天堂大学の垣生園子先生より「なぜT細胞だけが胸腺で分化するのか?」というテーマでご寄稿いただきました。
免疫細胞の中でもT細胞だけが“胸腺”で成熟する謎の解明には、細胞培養技術の進歩も重要な要素だったようです。非常に興味深いテーマとなっておりますので、ぜひお楽しみください。

■ 講師紹介ページ:順天堂大学 垣生園子 先生


“なぜT細胞だけが胸腺で分化するのか?”
順天堂大学医学部 アトピー疾患研究センター 客員教授
垣生園子 先生


 免疫反応の司令塔と言われるT細胞は、他の免疫系細胞と違って骨髄では発生・分化せず、骨髄と離れた遠隔地の胸腔内ある胸腺という臓器内で誕生する。<細胞培養 特別講義2>で触れたように、ヌードマウスやディージョージ症候群のよう胸腺が欠如している個体ではT細胞が生体内に存在しない。なぜ、他の免疫細胞と異なった臓器でT細胞は分化するのか?そこで分化することがT細胞機能にどのような影響を及ぼすのか?約50年の長きに渡って謎であった。

 個体発生学的及び解剖学的に、胸腺の微小環境(ニッチ)は骨髄とは異なっていることが1960年代には既に解っていた。ニッチの違いとして多くの研究者が注目したのは、骨髄の骨格を作っているのは間葉系細胞であるのに対し、胸腺のそれは上皮由来の細胞であるという点にあった。一般に上皮系細胞は様々な物質を分泌・産生すると考えられていたので、胸腺上皮細胞もT細胞分化を誘導する因子を発現しているに違いないと想定された。実際、胸腺ホルモンという言葉が、研究論文にもよく見かけられた。

 培養液の改良による細胞培養技術の進歩に伴い、1980年代にはニッチ特異的分子探しへの挑戦が始まった。それにはまず、胸腺から上皮細胞を純粋に採取して培養することが求められた。しかし、遊離している免疫系細胞と違って、リンパ球を除去した胸腺上皮細胞の培養や細胞株の樹立及びその機能解析は困難を極め、胸腺上皮細特異的分子の研究はことごとく失敗に終わった。その主たる原因は、培養液ではなく胸腺上皮細胞特有の胸腺の臓器構成にあった。胸腺上皮細胞は腸管上皮のように基底膜上に整列しているわけではなく、リンパ球を取り囲む網籠のような立体構造を作っている。胸腺上皮細胞は単離・培養する過程でバラバラになり培養皿の底に一層にへばりつく状態となる。その結果、我々が後に発見した胸腺上皮特異的分子が失われてしまっていたのである。

 胸腺臓器培養の開発:胸腺上皮細胞培養に成功しなかった頃、胸腺内でのT細胞分化を追跡するために考案されたのが、胎仔胸腺を用いた臓器培養系である(Fetal thymic organ culture, FTOC)。あるいは単離した上皮細胞と未熟リンパ球を混ぜて軽く遠心して緩やかな立体構造を作り、filter上に乗せて培養する方法(re-aggregation thymic organ culture, RTOC)で、骨髄から移入したばかりの“あすなろ”T細胞が、どのように胸腺構築中で分化するかを、種々の遺伝子やタンパク質の発現を指標にして経時的に解析した。その結果、胸腺内でのTリンパ球自身の分化に関する沢山の情報を得た。興味深いことに、この方法はいずれも英国で開発された。まさに、私が留学していた時のことである。

 胸腺上皮細胞に特異的なT細胞分化に関わる分子の発見は、上皮細胞の培養系の研究からでなく、遺伝子欠損実験を駆使した造血幹細胞の分化におけるNotch分子の役割解析から生まれた。すなわちNotch欠損マウスでは、T細胞のみが分化できなかった。T細胞が分化しないヌードマウスでは、胸腺上皮が適正に分化しないことが原因である。それでは、Notchにシグナルを入れるリガンドが胸腺ニッチに発現しているのではないか?と考えた。そこで、Notch リガンドを欠如するマウスを作成すると、見事にT細胞は欠如していた。

 胸腺ニッチの研究の歴史は、iPS細胞等からin vitroで分化させた細胞から組織構築に挑戦する上でも参考になるかもしれない。最近の培養技術は、in vitroで立体構造を保つ方法の開発が進んでいる。




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【特別講義8】免疫反応の制御と制御制T細胞

私達のからだを守るために重要な免疫反応ですが、病原体などの異物を退治した後も全力で働いてしまうと、自分自身を傷つけてしまうことがあります。そこで、今回の特別講義は順天堂大学の垣生先生より「免疫反応の抑制と制御性T細胞」というテーマでご寄稿いただきました。ぜひお楽しみください。

■ 講師紹介ページ:順天堂大学 垣生園子 先生


“免疫反応の抑制と制御性T細胞”
順天堂大学医学部 アトピー疾患研究センター 客員教授
垣生園子 先生

 
 前回は、T細胞は抗原刺激を受けると活性化され、多彩な機能を発揮して生体防御に貢献すべく免疫反応をリードすることを述べた。しかし、免疫反応は活性化されっぱなしでは生体が破綻するので、刺激後にその活性化状態を終焉させて、新たな抗原に向けての臨戦体制を準備しなければならない。そこには何らかの抑制機構が必要であるが、闇雲に免疫反応を低下させたのでは、生体防御としての免疫機能は失われる。特定の抗原に対して惹起される特異的免疫反応のみを抑制することが望まれる。抗原特異性をもつT細胞がその役割を担っていることが古くから提唱されてきたが、その実態は今世紀になってやっと見えてきた。

 免疫反応を抑制するT細胞サブセットは、サプレッサー、抑制性T細胞あるいは制御性T細胞等とよばれているが、最近の傾向は制御性T細胞(レギュラトリーT細胞、Treg)が一般的呼称となりつつある。尤も、制御とは抑制のみならず活性化も含むとの観点から、抑制性T細胞が好ましいとの意見もある。制御性T細胞には、エフェクターT細胞と識別できる細胞表面マーカーやFoxp3に代表される転写因子が見いだされ、同T細胞の機能解析に大きく貢献している。例えば、CD4+CD25+Foxp3+T細胞は代表的制御性T細胞として市民権を得ており、同細胞のみを欠如させると自己免疫疾患様症状が出現することが示され、制御性T細胞は自己成分に反応するT細胞の活性化を抑制していることが明らかにされた。また、外来抗原刺激が常時活発である腸管粘膜には、高い頻度で制御性T細胞が同定されており、過剰な免疫反応の活性化抑制に働いていることの傍証になっている。

 現在は、制御性T細胞がいかにしてエフェクター細胞機能を抑制するか、を解明する段階に入っている。しかし、制御性T細胞が免疫反応を抑制する機序を詳細に解析するためにも、より深く理解するためにも、いくつかの留意点が浮かび上がってきている。まず、制御性T細胞に特徴的マーカーが見いだされてはいるが、それらは抑制機能をもつT細胞全てに共通しているわけではない。例えば、CD4+CD25+Foxp3-T細胞も、CD4+CD25-Foxp3-LAG3+T細胞も抑制機能をもつとの報告がある。それらは、分化過程や誘導方法が多様であるが、免疫反応を抑制するT細胞サブセットとして括られているのが現状である。また、抑制方法に関しても、制御性T細胞自身が抗原刺激を受けたエフェクター細胞の活性化に直接負のシグナルをいれるというよりは、むしろ、抗原認識をしたT細胞が活性化するために必要な正の補助シグナルを制御性T細胞が阻止する、とするシナリオが比較的広く受け入れられている。(注:T細胞はT細胞受容体(TCR)を介したシグナルのみでは活性化されず、T細上のCD28分子が抗原提示細胞(DC)上のリガンドCD80/86と結合することによってT細胞に第2のシグナルを導入することが必要である。制御性T細胞はCD28と競合するCDLA-4のような補助分子を高く発現しており、CD80/86と強い結合をすることによって、エフェクターT細胞上のCD28との結合を阻止できる。) 以上の点を踏まえた上で、今後は、いかにして制御性T細胞が免疫反応を抑制するかの機序解明に望むべきであろう。

 免疫寛容という現象が知られている。特定の抗原に対して惹起された特異的免疫反応が抑制される状態を指す。自己成分に対しては免疫反応が惹起されない生理現象がその代表格である。一方、非生理的ではあるが、非自己である組織を移植する場合、レシピエントにおける対移植片に対する免疫寛容が成立しなければ、移植片は生着しない。いずれの寛容状態をいじするためにも、T細胞の標的である自己成分あるいは移植片は生涯生体内に存在するので、免疫寛容状態維持のためには、反応性エフェクターT細胞は継続的に分化し続けるか、あるいはエフェクターメモリーT細胞のように長期寿命をもって生体内で生存し続ける必要がある。制御性T細胞の分化・機序検討の必要性が、ここにも存在する。
 



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【特別講義7】 心の動きと免疫

 新聞やテレビなどで「病は気から」という言葉を目にすることがありますが、今回の特別講義では、「心の動きと免疫機能の関係」について順天堂大学の奥村先生よりご寄稿いただきました。
 第5,6回の主役でありましたNK細胞が、私達の心の動きによって影響を受けるという興味深いトピックスをご提供いただきました。今回もどうぞお楽しみください。

■ 講師紹介ページ:順天堂大学 奥村康先生





“心の動きと免疫”
奥村 康 先生
順天堂大学アトピー疾患研究センター長



 心の動きが体に大きく影響を与える事実は、昔から沢山知られております。しかしその詳しい仕組みはほとんど判っておりません。癌の末期を宣告された方でもフランスのルルドの泉に願をかけに行くと1億人のうち何十名か助かるということも知られております。鍼もお灸も百人が百人効くはずなく、効くのは何十人に一人ですがその一人のために3000年以上も昔より受け継がれ今に至っております。

 昔、朝日新聞に載った“フィンランド症候群”という一種の臨床実験が参考になります。フィンランドの健康寿命を長くする事を目的に、健康管理の重要性を国民に知らせるべく行われた臨床実験です。40歳から45歳の男性を職業、家庭環境等を大体統一し600名ずつで2つのグループに分けます。一方のグループは徹底的に厳しく健康管理に介入し、タバコ、酒はもちろん控えさせ毎年2度はドッグで体を調べるといった健康維持に介入された人達です。もうひとつのグループはその逆で、酒もタバコも無制限、定期的な健康検査もなし、といった自由な人達です。15年フォローして死亡した方の多かったのは意に反して圧倒的に健康維持に介入したグループだったのです。

その頃の推察ですがコレステロール、中性脂肪を低く管理したことが是か非か、またタバコも酒も絶つといったストイックな生活を強いたためストレスが溜ってきっと免疫が落ちたのではないか。というようなことが話題になりました。今となりますとその2つともそんなに的外れな考察ではないということです。コレステロール、中性脂肪を低くしても長生き出来るというきちんとしたデータはないようです。今のデータから言えるのはある程度高くないと長生きできないことです。不思議に低い方は発癌率や感染症になる確率が高いのです。薬で下げますと“鬱”になることも判っています。健康介入群の中の死亡者の中には自殺が何例か含まれてます。コレステロールも中性脂肪も体にとって極めて大切なもので強い血管や免疫を高く保つのに役立ってます。

 私のひとつの専門分野にNatural Killer細胞の働きの研究があります。前回にも書きましたが、私は米国より帰国後このNatural Killer(NK)細胞を同定するのに成功し、加えてNKの無い動物をつくることが出来ました。その動物は発癌率がやたらと高いのとウィルスに極めて弱くバタバタと死ぬのです。NKの重要性は、その後のヒトでも解明されNKさえ高くしておけば長生きで癌にならず感染にも強いことが分かりました。ですから長生きの方はNKが強く弱い人は早死にするのです。このNKは面白いことに心の動きの影響を強く受けるのです。少しでも淋しいような受動的なストレスで低くなってしまいます。例えば、若い方はNKは強いのですが学校の試験のようなストレスで下がります。ですから風邪を引くのは大体試験の時です。

 もっと激しい悲しい実験的なストレスは、子育てをしてる親から子を取り上げた時です。NKは急に下がって上がってきません。心の動きを一番反映するのがNKで、ある程度定量することも出来、数値で表せますから皆様の興味を引いてます。逆に笑うだけでNKは見事に上がります。楽しい友人、家族と笑いの絶えない方達が一番NKが高いのです。今世紀の心の医学のトピックスのひとつはこのNKの研究かもしれません。



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【特別講義6】NK細胞の発見(2/2)

細胞培養 特別講義 第6回は、前回から引き続きご講義いただいております順天堂大学奥村先生です。“NK細胞の発見”後編は、NK細胞の役割をIn Vivoで実証するまでのエピソードをご紹介いただいております。どうぞお楽しみください。

<前編はこちら>


■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生




“NK細胞の発見 (2/2)”

奥村 康 先生
順天堂大学医学部免疫学 特任教授

仙道先生らは、免疫もしないマウスの癌細胞を殺す機能をNatural Killing, その役目を授かる細胞想定してNatural Killer (NK) 細胞と漠然と呼ぶようになりましたが、私は依然として、これは何か実験条件の人工的な産物で、免疫学で扱う必要のないものだと思い続けていました。


その頃、リンパ球といえば胸腺でできてリンパ節や脾臓に出てくるT細胞と、免疫グロブリンを細胞の表面にセプターとしてもち、抗原刺激を受ける免疫グロブリンを産生して分泌するB細胞との2種類しか考えられませんでした。何も処理しない動物のリンパ球が癌細胞なら殺す、といったある意味で都合のよい働きが、この2種類の細胞群にあるなどとは、当時想像もつかなかったのです。ところが、時を同じくして、ヨーロッパの研究者達も全く同じ現象を発見したという報告がありました。その後は相次いで各所でリンパ球のNK作用が確認されるに至りました。しかし、NK細胞は果たしてTかBか、はたまた全く違う第三のリンパ球群かといった議論がその後続いていました。


その頃、ヌードマウスという先天的に胸腺と体の毛がない(ヌード)動物が、免疫も何もしないのにいやにNK活性が高いということが、大きな話題となりました。このマウスは胸腺が生れながらにありませんからT細胞は出来ようがなく、従ってB細胞だけだと考えられていたのです。実はこのマウスのリンパ球の中には、TでもBでもない細胞が沢山存在することが次第に解ってきました。そして皮肉にも、そのNK細胞の発見から5年くらいしてから、私達はTでもBでもないこのNK細胞群とだけ反応しそれを見分けることの出来る抗体の作製に成功し、NK細胞をリンパ球のなかの独立した一群として認めさせるに至ったのです。


この生体の免疫系に備わったNaturalとも考えられる防御機構の提唱は、その後、多くの免疫学者を自然抵抗性(Natural Resistance)の研究分野へ引き付けることになりました。NK活性やNK細胞は、もちろんヒトやネコ、魚に至るまで、広く動物種を越えて存在することからも、逆にその重要性が浮き彫りにされています。ちなみにヒトから採血した抹消血中のリンパ球を分離しますと、約70〜80%のT細胞、10〜15%のB細胞、約10%前後のTでもBでもないNull細胞に分けられます。NK細胞はこのNull細胞群の中に含まれていることも今では判っています。


生体のなかで正常な細胞が突然変異を起こす確率、すなわち癌細胞になる数は専門家による計算に基づけば数千だそうです。ですからヒトは毎日数千の癌細胞を体のどこかで誕生させていることになります。この体中のあちこちで非行少年的に発生する癌細胞を毎日毎日丹念に潰していてくれるのが、このNK細胞の役割だということを、私達が試験管の中でなく生きた動物で実証することが出来たのは仙道先生に出会ってから5年後のことでした。






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【特別講義5】NK細胞の発見(1/2)

細胞培養 特別講義第5回は、以前よりご講義いただいております順天堂大学の奥村先生です。

■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生




  免疫系で最も早い段階からはたらき、自己免疫に重要な役割を担うことが知られているNatural Killer (NK) 細胞は、どのように発見されたのでしょうか。今回は、先生が米国へ留学されたときに感じたことや、そこで出会った予期せぬ免疫反応についてご寄稿いただきました。前後編あわせてお楽しみください (後編は来週掲載予定です)。


“NK細胞の発見(1/2)”

奥村 康 先生
順天堂大学医学部免疫学 特任教授

私は大学院を卒業し、スタンフォード大学へ留学する時、故あってまずはじめにNIH(National Institute of Health)に留学することになりました。なにせ初めての米国生活です。最近の留学生達は随分気軽に行かれるようですが、私の場合はほとんど戦地にでも赴くような気持でした。母が集めた神仏混合のお守りを腹に巻き付け、米国最大の国立医学研究機関であるNIHに赴いたのであります。


巨大な世界一の研究所では、とにかく見るもの聞くものみな別世界のようでした。チョイとひねれば蒸留水の出る実験台の流し、日本ではガラスのピペットでしたが使い放題のディスポーザブルのピペット等、消費文化の最たるものでした。この巨大なNIHも研究者が多いためか、研究室は異常に混みあっていました。NIHでは多くの日本人が働いていました。その中の一人で、腫瘍免疫学の研究者であり、今でも兄弟のように親しくお付き合いをさせてもらっている仙道先生(前山形大学学長)とは当時から私と同様、頭髪に恵まれないためか何となく気があったせいで毎晩大酒を呑みながらいろいろ議論をしました。


当時、仙道先生は癌細胞に対する免疫反応の特異性を調べておられ、いろいろな種類の異なる癌細胞を動物へ注射して、その動物のTリンパ球が、注射した癌細胞を殺すようになるか、また殺すとすれば、注射されなかった他の種類の癌細胞をも殺すのか否かといった、いわゆるキラーT細胞の癌抗原の認識の仕方、すなわち特異性を調べておられました。その時、先入観のある普通の研究者なら見落としてしまうような予期せぬ現象を見つけられ、毎晩その解釈をいかにすべきかとの悩みを聞かされました。


それは癌細胞を注射しない、いわゆる実験のコントロールとして調べたマウスのリンパ球でも、癌細胞と混ぜるとある程度癌細胞を殺してしまう、という単純な現象でした。私のその頃の頭では、生体の免疫系すなわちリンパ球は、すべての抗原に特異的に反応するべきで、何でもかんでも反応するような現象は、免疫反応とはとても考え難く、またそう呼んでもらいたくなかったのです。


当然、仙道先生もこの点が悩みの種で、免疫もしないリンパ球のくせに、癌細胞なら何でも反応する現象を何と考えたらよいものかと、毎晩飲みながら相談を受けました。私は、「きっと先生の実験のやり方が下手くそで、そんな現象が起きるのだろう」とかなんとかいい加減な応答しかできず、だんだん酔いが回ってくると、仙道先生に怒鳴りつけられる始末でありました。


しかし、この時に仙道先生の真摯な研究者としての一面を見せつけられ、後にこの経験は私達の研究を進めるのにも大いに役立っています。



<後編はこちら>



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【特別講義4】 フローサイトメーター との出会い

細胞培養特別講義 第4回は、以前にもご講義いただきました 順天堂大学 奥村康先生です。先生の師の御一人である Herzenberg 先生の開発されたフローサイトメーター(セルソーター)との出会いなどのエピソードをご紹介いただいております。

■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生





フローサイトメーター(セルソーター)との出会い

奥村 康 先生
順天堂大学医学部 特任教授

私は大学院の頃の指導者 多田先生の下で、当時の細胞免疫学の一大トピックス、ヘルパー T 細胞のテーマをいただき、 IgE の抗体産生にヘルパー T 細胞が必要かどうかという実験系を作り T 細胞を少なくすると IgE 抗体産生が低下するという想定の基に動物実験をしていました。偶然でしたが T 細胞には抗体産生を増やすヘルパーに対して、その反対のサプレッサーの働きもあるということを見つけました。


その後、 T 細胞の中にヘルパーとサプレッサーと二種類あるかどうかといったことが議論になっていました。その頃 Stanford 大学の Herzenberg 教授 ( Len ) の研究室では生きたままリンパ球を分離する装置が開発されているという噂は知っていました。前にも述べましたが大学院を修了し、留学先として Len の教室を志望したのは、その装置(フローサイトメーター)を使って T 細胞を分けることが出来たらという目的があったからです。


当時の 1 号機の大きさはコンピュータ等が大きく畳八畳はある位の大きさです。今は御存知のように冷蔵庫より小さいのも生産されており、現代の研究者にとっては聴診器のようなものです。1970 年頃より Len を支援していた米国のある医療機器系企業から商業化ベースでフローサイトメーターが生産されるようになり、世界の大きな研究室に購入されるようになりました。当然、日本の商社などが その米国企業にフローサイトメーターを日本で販売したくて沢山集まってきました。その米国企業の社長に可愛がってもらっていた私は、どの会社がよいか相談を受けました。当然彼らの側の立場からアドバイスをした次第です。例として私がとりあえず挙げましたのは昔トヨタの米国へ輸出された 1 号車がサンフランシスコの坂を上れず、米国の自動車業界の人は日本を馬鹿にしていたのですが、すぐに日本の技術革新で追い越され、その頃すでに米国の自動車業界は日本に押されっぱなしの事実です。もし日本の技術力を持った会社と関連している商社等に任したら必ず君らがやられるから全く関係ない会社を選ぼうということで私が親しくしていた国内の製薬企業に決めました。その効あってフローサイトメーターに関しては日本製の出現は 20 年近く遅れ、その米国企業の一人天下になった次第です。


留学の後、私は千葉大学に帰り高価でしたが日本の第 1 号機を使うことになり、多くの方が利用しに来室されました。私が帰国する頃に英国でモノクローナル抗体が出現しました。 Len はその有用性、特にフローサイトメーターとの組合せがいかに大切かを熟知しており、米国に初めてモノクローナル抗体作製の技術を持ち帰りました。当初のヒト、マウスのリンパ球表面分子に対するモノクローナル抗体のほとんどは Len の研究室で作製されたものです。加えて私達が日本で作製したマウスに対する抗体の多くが現在でも世界中で多く販売されているクローンの主流になっています。


Len は自分の研究成果を世界中に均等に給与するため企業を巻き込んで色々な商業システムも作りました。おかげで我々は、世界中の研究者が作製した抗体等をどこでも手に入れることが出来ます。生物学の神秘は無限です。Len はその神秘のベールを剥ぎたい無限の欲望を常に工科系と企業の方に理解してもらい、生物学研究にとって多大な貢献をしました。




本ブログの更新情報は、以下からも入手いただくことができます。是非、アクセス下さい。

【特別講義3】モノクローナル抗体の出現(1/2)

細胞培養特別講義 第3回の講師は、第1回にもご登場いただいた順天堂大学 奥村康先生です。
■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生


 様々な研究、抗体医薬品にも活用されているモノクローナル抗体、これが出現する前はどのように研究が進められていたのか? 今でこそ当たり前のようにHybridomaから欲しい抗体を入手できますが、昔の研究者はどのようにして手に入れていたのか? 2編にわけたエピソードを先生ご自身の体験談からご提供いただいています。モノクローナル抗体が出現するまでの苦労と、普及に至った道のりを前後編あわせてお楽しみ下さい。(後編は1月掲載予定です)

モノクローナル抗体の出現(1/2)

順天堂大学 免疫学 特任教授 奥村 康先生


 免疫の主役であるリンパ球に両横綱的な役割をするT, B細胞が知られています。また脇役とも考えられるNK細胞も大切な役割をしています。T細胞とB細胞は全く独立して仕事をしているのでなく、互いに情報交換しながら体を守っていることが知られています。単細胞ですから、ばらばらに体中を血液やリンパ管の中を通ってパトロールしているのですが、細胞同士が時に接触したり、またリンフォカインと呼ばれる液性の分子を介してお互いに会話していることが知られております。

B細胞は、的確に細菌やウィルスといった相手に命中するミサイルに相当する抗体を産生し、自分は現場に行かなくても抗体分子を飛ばすことが出来ます。丁度、艦砲射撃のような役割がB細胞です。T細胞は、それ自身現場に行ってウィルスや細菌と戦う地上軍のようなキラーT細胞という働きが知られていますが、加えてT細胞にはもう一つB細胞に指令を出してミサイルを沢山撃ち込ませるヘルパーT細胞と呼ばれる役割が解明されたのが1960年代半ばです。

私は大学院の時、偶然ですがそのヘルパーT細胞の存在を確かめる実験をしているうちにT細胞には、B細胞にミサイルの発射を止めるような役割、すなわちサプレッサーの働きがあることを見つけました。これが原因で人生が狂ってしまい臨床医の道ではなく基礎免疫学の世界に入りました。その頃、本当にT細胞には二種類すなわちブレーキのサプレッサーとアクセルのヘルパーがあるかどうか議論が湧き上がりました。それに決着を付けるべく、当時、米国スタンフォード大学で開発中であった生きたままリンパ球を分離する機械、セルソーター(FCM)を使う目的で、開発者のL.A.Herzenberg教授の下に留学しました。

細胞を分離するためにはT細胞に目印を付けなければなりません。目印を識別する抗体が最も重要になってきます。当時、ニューヨークのスローンケタリング癌研究所で開発された抗体を供与してもらい、キラーT細胞と同じ分画にサプレッサーT細胞が含まれヘルパーとは異なるという結果を発表しました。その当時の抗体は、系統の異なるマウス同士で免疫したいわゆるアロの抗体で、大変貴重でした。スローンケタリング癌研究所に台湾からきていたShen博士は抗体づくりの名手で、私達は三顧の礼を尽くして分与してもらったことを覚えております。マウスから得られる抗体の量は少ないため貴重で、時に研究者同士取り合いになったこともしばしばです。

そうこうしているうちに英国のケンブリッジで画期的な抗体産生方法が見つかったというニュースが飛び込んできました。FCMを上手く使うためには、抗体の良し悪しが一番大切です。Herzenberg教授はすぐにサバティカル(長期休暇)を取ってケンブリッジのMilstein教授の研究室に行きました。同行する若手として私が選ばれたのでしたが、その頃の日本の大学の職員すなわち文部省の所属の助手には留学期間に制限があり私は付いて行けず、同僚のVernon Oi君が同行し、彼が米国では初めてのHybridoma、すなわちモノクローナル抗体作製の技術を持ち帰ってきました。

Milstein教授とKöhlerの発明発見は当然その後ノーベル賞に繋がるのですが、不思議なことにHybridomaやモノクローナル抗体の技術は何故か特許になっていません。当時の英国の大失敗かもしれません。もし特許になっていたら何十兆にも及ぶ経済効果があったことは間違いなく、そのぐらい全世界の研究室、また臨床で広く利用されている革命的な技術と発見でした。

【特別講義2】免疫反応におけるT細胞の台頭

細胞培養特別講義 第2回講師は、順天堂大学医学部 免疫学講座 客員教授の垣生園子先生です。
■講師紹介ページ:順天堂大学 垣生 園子先生


 先生は女性初の日本免疫学会学術集会会長を務めるなど、日本の免疫学発展に貢献された立役者です。当ブログでは先生の研究テーマであるT細胞の胸腺内分化の知識の一端として、免疫学の基礎にはじまりT細胞胸腺分化の謎に至るまでを独自のエピソードとともに解説していただく予定です。初回は免疫反応におけるT細胞の台頭として寄稿頂きました。是非お楽しみ下さい。

        “免疫反応におけるT細胞の台頭”
   順天堂大学医学部 免疫学講座 客員教授 垣生 園子先生


 科学研究の世界にもファッションがあり、新しい現象発見と技術開発がその引き金となる。抗体解析を軸とした血清学時代に替わって免疫反応に関わる細胞の研究が盛んになるきっかけは、T細胞とよばれるリンパ球の発見にあった。
今回は、T細胞が市民権を得て、免疫反応細胞の司令塔として君臨するに至った経緯とその機能について解説する。

 マウス胸腺に発症するリンパ球腫瘍の研究をしていたMillerは白血病の根絶を目的に新生仔マウスの胸腺を除去した。結果は、当該マウスにおける病原体への易感染性と免疫力の低下であった。しかし、抗体を発現しているリンパ球は残っていた。偶然にも同じ頃、自然発生の突然変異マウス(ヌードマウス)が見つかった。そのマウスは胸腺が欠損しており、新生仔胸腺摘出したマウスと同じく免疫反応の低下を示した。こうして、抗体産生細胞とは異なる第2のリンパ球が胸腺内で発生・分化することが判り、それらは胸腺(Thymus)由来ということでT細胞と命名された。それに対応して、抗体産生系のリンパ球は骨髄(Bone marrow)由来のためB細胞と呼ぶようになった。

 T細胞が免疫細胞研究の潮流をリードしてきた要因は、抗原刺激を受けたT細胞が種々の異なった機能を発揮することにあった。その後押しをしたのは、アロ及びモノクローナル抗体の開発と培養技術の進歩である。抗体産生一筋のB細胞と違って、T細胞は各々ヘルパー、キラー、サプレッサー等の機能を専属にするサブセットがあって、多彩な免疫反応を各々支配していることが判ってきた。特に、続いて台頭してきた遺伝子ハンティングの技術は、各サブセットの機能の違いを分子レベルで明らかにすることを可能とした。

 その結果、例えばヘルパーT細胞は産生するサイトカインの違いによりTh1, 2, 17といったさらなる亜分類がなされ、Th1細胞はマクロファージ樹状細胞を活性化/増殖を促し、Th2細胞はB細胞による抗体産生を含む分化や顆粒球細胞やマスト細胞の増殖に関わる。比較的新しく発見されたTh17細胞は、繊維芽、血管細胞あるいはマクロファージといった細胞に働きかけて、炎症性サイトカインやケモカイン産生を誘導することが判った。

 ここで留意すべきは、ナイーヴT細胞が機能の異なるエフェクター細胞へ分化する引き金は、いずれも抗原を特異的に認識する分子(T細胞受容体)を介して誘導されることである。こうしてT細胞は、機能は異なるが同じく抗原認識分子(B細胞受容体)を持つB細胞と共に抗原特異的に反応し、ジェンナーの種痘そしてパルツールの病原菌分離から発展した獲得免疫の骨格を構築している。

 しかし、獲得免疫反応の成立には、“自然免疫”として括られる先陣をきる生体反応が必用である。現在、“自然免疫”はファッション界を闊歩している。次回は“自然免疫”台頭の解説をする。

【特別講義1】Rosewell Park Memorial Institute を訪れて

細胞培養 特別講義 第1回の講師は、順天堂大学免疫学特任教授・名誉教授の奥村康先生です。
■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生

 先生は免疫学の国際的権威であり、今年で御年72をお迎えになりますが、お歳からは想像もできないほどパワフルに活動をされています。当ブログにも、先生のご経験から今回はRPMIのお話をご寄稿いただきました。先生の豊富な経験をもとにした様々なお話は、シリーズ展開をお願いしておりますので是非続編もお楽しみ下さい。

  “Rosewell Park Memorial Institute (RPMI) を訪れて“
       順天堂大学 免疫学 特任教授 奥村 康先生


 私が千葉大学に在籍していた1971年にワシントンで開かれた第一回国際免疫学会に出席した後、兄弟子の谷口克先生とRPMIを訪れる機会に恵まれました。第一回の国際免疫学会での一番のトピックスは私の師・多田富雄に加えGershon、Herzenberg先生三人による全く実験系は違うのですが、世界で初めてのサプレッサーT細胞の存在の発表でした。もちろん石坂公成先生のIgE発見の後ですからIgEのセッションも超満員だったのを覚えております。

 多田先生は石坂先生のIgE発見の頃デンバーへ留学されており、石坂先生の免疫蛋白化学の薫陶を受けられた方です。私が大学院一年の夏に帰国され、直接指導を受けることになったのです。米国での経験から免疫の抗体蛋白化学の分野ではとても米国に追いつけないと考え、抗体を産生する細胞性機序すなわちリンパ球間の相互作用の研究テーマを私に与えられました。

 その頃のトピックスはT細胞とB細胞は単細胞同士ですが相互に会話をし、B細胞の抗体産生を効率よくするには、T細胞の励ましやお助けが必要で、ヘルパーと呼ばれるT細胞の存在が発見された頃です。そのヘルパーT細胞の追試をIgEの抗体産生の動物モデルを開発して調べることが私のテーマでしたが、私が動物からT細胞を除いても、やり方が下手だったせいか抗体産生は却って上がり、予期した反対の現象が起きたのです。しかし、それがきっかけでサプレッサーT細胞の存在を世に先駆けて発表できたのです。冒頭の多田先生のワシントンでの国際学会での発表はその私の仕事でした。

 学会での成功を皆様と喜び、その後あちこちの研究所を見学しました。米国の免疫学のメッカは、時代により変遷しています。今の若い研究者の方々にはあまり知られていないと思いますが、私の大学院生の頃のアメリカの免疫学の一つのメッカはバッファローにあるRosewell Park Memorial Institute (RPMI) でした。有名なPressman所長に加え、免疫化学の大御所・八木先生をはじめ沢山の日本の研究者が働いておられました。当時、米国で最も豊かな予算のある研究所のひとつで、あるビルへ入ってビックリしたのは、体育館のような建物の中に大きなパイプが沢山交叉し、パイプに連なってあちこちにステンレスの大きな釜の様なタンクがありました。細胞培養の巨大な工場です。試験管の培養しか知らない私達は腰を抜かす規模です。細胞培養のメッカRPMIで、その頃よりまだ今でも世界中で最も私達の分野で使われている有名な培地、RPMI培地はこの研究所で生れました。そして、その培地は縁の下の力持ちのように近代免疫学に多大な貢献をしています。今でもそれを凌駕することの出来ない奇跡の培地RPMIの開発には、当時の方々の大変な苦労があったことは間違いありません。

 今や抗体医薬が次々に登場していますが、まさに40年前に私がRPMIで見たS.F.の世界のような、工場のような設備が現実に多くの企業で展開されています。

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